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co-lab墨田亀沢の毎日

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活動報告#3 有限会社 篠原紙工

co-lab墨田亀沢には様々な活動をされているメンバーさんがいらっしゃいます。その活動をインタビュー形式でご紹介していきます。
第3回目は、有限会社篠原紙工 代表取締役の篠原慶丞さんです。篠原さんは、製本・造本の世界では知る人ぞ知る人物です。特殊な製本や紙加工に注力され、意欲的に臨まれています。その篠原さんがこの度、第51回造本装幀コンクールで受賞されました。受賞作品について、篠原流仕事の進め方をお聞きしました。
聞き手:有薗悦克(co-lab墨田亀沢:re-printing/チーフ・コミュニティ・ファシリテーター)
構 成:越村光康(co-lab墨田亀沢:re-printing/コミュニティ・ファシリテーター)


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有薗:まず、第51回造本装幀コンクール受賞おめでとうございます。
本日は、受賞された作品についてと、クリエイターはデザイナーや印刷会社から投げられた相談内容が篠原さんの中でどう処理され、形になって出てくるのかを主に聞かせていただこうと思います。
まずは、造本装幀コンクールとはどんなコンクールなのでしょうか?
篠原:書籍というカテゴリーの中でのコンクールです。見た目の本の作り方はもちろん、紙質、印刷、デザイン、文字組みとか、本の要素となるものすべてに対する審査であり、本としての完成度を評価する日本で唯一のコンクールです。著者、デザイナー、版元、印刷会社、製本会社など、造本装幀に携わる人が対象となります。
入賞作品は、ドイツ・ライプツィヒで開催される「世界で最も美しい本コンクール」に出品されたのち、フランクフルト・ブックフェアで展示されます。
有薗:総出品数は330点で入賞作品は22点。そのうち2点が篠原さんの携わった作品ですよね。他に2作品受賞しているのは大手の印刷会社だけです。篠原紙工さんの規模の会社では、2作品受賞は他にないですね?
篠原:製本会社だと、渋谷文泉閣と篠原紙工が2作品受賞ですね。渋谷文泉閣はかなり大きな製本会社です。
有薗:失礼な言い方ですが、篠原紙工さんの規模で2作品受賞したのは異例中の異例ではないですか?
篠原:そうかもしれないですね。実はエントリーの段階で篠原紙工と渋谷文泉閣が圧倒的に多かったんです。篠原紙工としてエントリーしたのは1点だけですが、後は印刷刷社やデザイナーや出版社など、それぞれ本づくりに関わった人たちが「これは!」と思うものを出しています。その結果当社が製本を担当した作品が9点エントリーされることになりました。
IMG_0050-2 のコピーエントリー作品
有薗:それで、ここにある9点がエントリーされたわけですね。
篠原:これらは、お客さんが今年の1番良いと思う作品をエントリーするわけなので、重要な案件やお客さんがコンテストに出すぞと思うような仕事にたくさん関わらせてもらうようになったことが、この結果になったと思っています。
有薗:ちなみに、今回の受賞作品はどれですか。
篠原:この2点です。三菱商事 UBS リアルティグループの社史と東京都美術館で開催された「木々との対話」という展覧会の図録です。
IMG_0031-2受賞した2作品(左:図録・右:社史)
有薗:この社史は、どのような経緯で篠原さんに来たのですか?
篠原:ある日普段から懇意にしている印刷会社の営業の方から、メールと電話で相談がありました。メールにはM字型の上製本(*)のイラストが添付されておりました。そしてメールが届くと同時に電話があり、想定している数量とこの案件にかけることができる予算を伝えてくれました。そしてその電話で営業の方から「これからお客さんと打ち合わせだから、メールした形状の本を(予算と数量の)条件の範囲でできるか、できないか。ニュアンスだけ知りたい」ということを伝えられました。少し考えて「あ~、できるかも。できます。造本にはいろいろ方法はあるけど、何とかなるのではないですか」という返事をして受けました。
どういう構造にするかは一任されました。紙質に関する要望と本文のページ数だけ聞いて、どういう構造にするか考えて2案の束見本(*)を作って渡しました。
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M字形に開く上製本
有薗:最初の依頼には、このM字形はあったのですか?
篠原:ありました。M字形になる上製本という話でした。これを与えられた予算感とか、ページ数とかを網羅する造本設計(製本方法や加工方法を考える)をして、デザインや紙質はお客さんのほうで決めてもらいました。
有薗:このMは、何か意味があるのですか?
篠原:企業名の頭文字のMです。この案件の進め方ですごく特徴的だったのは、がっちりとした打ち合わせはしておらず、メールと電話の空中戦でした。デザイナーさんときっちりしたやり取りはしていないのです。
有薗:普段と違う進め方ですね。
篠原:意外にあるのですよ、この手のものは。私が仕事をするときは、なんでM字型にするのか。という意図を聞き出すところから始まり、それを自分なりに理解して、技術的にもっと良い方法があれば提案します。そういうことを、直接会わなくても「何でこうするのか」ということを引き出せるから。直接会ったほうが引き出しやすいけれど、メールや電話であっても引き出す方法はあるわけで、そこからこの形で大丈夫ということになっていく。
実際、仕事が始まってエントリーされた中でも難易度はトップクラスの難しさがあり大変でした。
有薗:どんなところが大変でしたか?
篠原:まず、この表紙は銀蒸着紙なので、工場の中で動かしているときに傷がすごく目立ちやすい。そこで傷をつきにくくするためにPP加工(*)して作業しました。うちで紙を購入してPP貼って、シルク印刷している。支給されたのは本文だけ。という仕事です。この業界の中で一般的ではない受注の仕方ですが、トータルいくらで請けているのでPP加工したら、うちの持ち出しになります。でも、「限られた予算の中で、篠原さんの考える最高のものを作ってください」と言われてしまうと…。
有薗:そういうふうな依頼が来ると、篠原さんはいい物を作りたくなってしまうでしょ。
篠原:そうなんですよ。で、終わったみたら「あ~ぁ」ということが多々あります。ただ、僕の中ではこの仕事だけの付き合いとは思っていないので、お客さんが「この予算でこんないいものができたの」と思ってもらえれば、お客さんの口コミで「篠原紙工、すごいよ」とか「次回も」となって、初めから預けてくれるようになる。そういう関係になるお客さんを増やしていきたい。
有薗:よく分かります。ちなみに、あまり見ない製本ですが、篠原さん的にこの造本の苦労は?
篠原:見ないですね。僕も見たことがないですね。この本はアクロバティックな構造ですね。中綴じ(*)とか並製本(*)では見ますが、ハードカバーでは見たことがないですね。
有薗:重たいので強度を出すだけで大変ですね。
篠原:頭の中で「こうやればできるかな」という案を出して、実際検証します。要は試作するのです。作業性や造本的に成り立つかどうかを検証してから、お客さんに提案します。この本の場合は、2種類の束見本を作ってお客さんに選んでもらい、決まった束見本について耐久性や生産性等を検証します。ということで提案しました。その検証には、4~5種類の束見本を作製して確認しています。
有薗:それは大変ですね。難しそうですね。
篠原:実際作業したときに機械でないとできないとか、これを追加しないとできないとか、後から出てくると困るので、試作の段階で突き詰めておきます。それでもこの本の場合、出来上がってからスムーズに開くよう手作業でヘラを使って1冊1冊筋押しをしました。
僕がお客さんに伝えたいのは、『頭で思い描いたイメージは、必ず形にできる』ということ。アイディアを形にするとよく言いますが、「アイディアを出す前から関わりますよ」ということです。
IMG_0030受賞作品を手に説明される篠原さん
有薗:もう1点はこちらですね。
篠原:これは昨年、東京都美術館の会館90周年を記念して開催された「木々との対話」という展覧会の図録です。企画の段階からデザイナー、美術館の方、印刷会社と篠原紙工の4社で何度も打ち合わせて作り上げました。
有薗:木々との対話というテーマに対して、いろいろな部分で木を表現しているのですね。
篠原:打ち合わせしているときに、「背の部分を白樺の木に見立てたい」との要望があり、使用する糊に薄い紫色を加えたり、見返し(*)の紙をその色に合わせたりして、本全体で木を表現しました。糊が染み出す箇所が写真に影響しないように注意したりしましたが、造本自体は今まで多くやってきたことなので、この本に関してはそんなに大きなハードルはありませんでした。
有薗:篠原紙工は、もともと断裁や折りの専門の会社でした。それがこのような複雑な製本を扱うようになったのはいつごろからですか?
篠原:年数回のペースでは、以前よりしていましたが、常に製本を行うようになったのはここ2~3年です。定期的に製本をするようになる前は、お客さんから「どこに聞いてもできないと言われた」とか「どうやって作ったらいいのだろう」という案件に関してだけ相談を受けていました。件数は年に数える程度でした。しかし、そのお客様と継続的なお仕事をさせてもらえるようになって、この2~3年でこういった案件が増えてきました。
うちでは印刷会社、デザイナー、篠原紙工の3社でチームとして仕事をしていくことを目指しています。印刷のプロ、製本のプロ、デザインのプロというチームで連携することで、よいものができると考えています。そういう意味では、このエントリーされた本は全部連携ができたものばかりです。


【*用語解説】
中綴じ:背に針金で閉じる方法。週刊誌やパンフレットなど。
並製本:本文と表紙を同時に糊付けし、くるんだ後裁断する方法。文庫本、新書など。
上製本:本文を糊付け裁断した後、別に作成した表紙でくるむ方法。美術書、写真集などの大判の書籍。
束見本:印刷物の仕上がりを確認するために、実際の用紙(白紙)を使って作った製本の見本。
PP加工:主に表紙の表面にフィルムを貼り、光沢感や保存性を向上します。
見返し:本文と表紙をつなぐために表紙の内側に貼る紙。中身の保護、本の耐久力を保持する役目がある。


本日はありがとうございました。篠原さんの製本・造本というお仕事に臨まれる姿勢が良く分かるお話だったと思います(越村)。

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