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あえて紙の価値を考える「紙deナイト2」

「デジタルの時代に、あえて紙の価値を考える夜」がコンセプトの紙deナイト2を開催しました。昨年開催された第1回は、紙の表現に技術面でかかわる3名からのプレゼンでしたが、今回はデザイン面から紙に関わる3名のco-labメンバーさんから、プレゼンを行ってもらいました。
お1人目は、co-lab二子玉川のメンバーである、株式会社cocoroé代表の田中美帆さん。「社会課題を創造的に解決する」というソーシャルデザインの観点から、紙の可能性について語って頂きました。
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デザインを通じて社会課題を解決するソーシャルデザインで、多くの人にとってなじみ深い事例は、ミルトン・グレイザー氏の手掛けた『I♡NY』のロゴの事例だろう。1970年代のニューヨークの町は困窮していて、犯罪も多かった。しかし、このロゴがエンターテインメントの町として多くの観光客をひきつけている現在のニューヨークの起爆剤となった。
このようなソーシャルデザインが成功するには三つの要素が必要である。
一つ目は、地球のため、地域のためといった「公益性」。二つ目は、お年寄りや障害など、業種・世代を越えた視点をデザインに盛り込んでいく「協働性」。三つめは5年・10年と続くような仕組みを作り、社会に浸透するまで続けられるようにする「持続性」。
ソーシャルデザインから見た紙の可能性として、2つの事例があげられる。
1つ目は建築家の坂茂氏の活動。
坂茂氏の紙管を使った建築:https://www.facebook.com/VoluntaryArchitectsNetwork/
坂氏の紙管を使った建築については、田中氏が教壇に立つ多摩美術大学のソーシャルデザインの授業でも頻繁に扱っている。ハノーバ国際博覧会の日本館などが有名だが、現在は災害時に避難所のプライバシーを守るための間仕切りシステムとしても使われている。坂茂氏の事務所は世界中で災害があったときに駆けつけるボランティアの体制が整っており、建築家の立場から社会支援を実現できている。
2つ目は、カンボジアのシェムリアップで活動している社会起業家の山勢拓弥氏。
山勢氏が運営する一般社団法人Kumae:http://kumae.net/
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カンボジアでは、低所得層の子供や女性が、ごみの山から換金できるものを拾い集めることで生計を立てている。非常に危険な労働環境を目の当たりにして、バナナペーパーの工場を立ち上げたという。バナナペーパーの特徴は、バナナの木は製紙のために伐採しても1年で成長するため、通常の紙に比べると環境にやさしい事。バナナペーパーを使った商品を、アンコールワットなどの観光地で販売することで、貧困対策、労働環境の改善、環境対策を実現している。


お二人目は、co-lab渋谷キャストのメンバーである、株式会社hooop代表/アートディレクターの武田英志さん。エディトリアルデザイナーとして、紙の持つ新しい価値について、普段考えているという妄想を語って頂きました。
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『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』という本を最近読んだ。その中に書かれているバグという考え方を、紙や印刷に当てはめてみたいと思う。バグとは、プロダクトを使う人やサービスを受ける人の行為が滑らかに進むのを止める状況の事を指している。
例えば退化のバグとは、もともとあった機能が何かの条件で失われてしまうことをいう。紙は、折れる、焼ける、破れる、などの負の特性を持っている。紙の退化は商品の劣化であり、商品価値の低下であった。しかし、自分は「俺の教科書問題」と名付けているが、時間の経過で折れたり破れたりした教科書は、すぐに自分の教科書だとわかる。これは、年月の経過で教科書がパーソナライズされたということ。紙の負の特性が問題解決につながっている。工芸や建築の世界では、エイジングの美が語られるが、美しい経年変化をする紙があっても良い。さらには、エイジングの見本帳があっても良い。
矛盾のバグとは、目的のために施したデザインが、目的を果たせていない状況をさす。
読み物のデザインをするときにデザイナーは序列化などをして、秩序立てようとする。それによってノイズが減るが、かえって情報アクセスが悪くなることがある。紙メディアは、外部環境との共存を考えざるを得ない建築などと異り、外の環境と別世界で成り立っている。そのため、デザインの要素はミニマムで良く、雑誌のアートディレクションにおいても、はやりすぎないほうがよいと思っている。「ごった煮」感が魅力だとしたら、均一じゃない印刷用紙があっても良い。グラデーションになっている、テクスチャが混在している、部分部分で漂白度が違う・・・、そういったノイズがある印刷用紙があっても良い。紙も印刷もデザインも秩序に縛られすぎているように思う。均一化にどうあらがうか。人の手の跡のようなものがどう残すかを考えていきたい。その時に、ポイントとなってくるのはパーソナライズ。電子メディアはどんどんパーソナライズしていく。それと同じように、紙もパーソナライズがあってもいい。そんなことを考えている。
武田さんのプレゼンの後に、第1回目のプレゼンターだった篠原紙工の篠原慶丞さんから、エイジングしていく紙についての事例が飛び出しました。谷川俊太郎さんの詩集の本を手掛けられた時に、箔押しが剥がれやすく、光で退色しやすい紙をあえて採用したそうです。それによって、何度も読み返すことが多い詩集が、読んだ人ならではのエイジングがなされることを狙ったとのこと。まさに武田さんの発表と重なる事例でした。
谷川俊太郎「あたしとあなた」http://www.nanarokusha.com/book/2015/06/20/3300.html
紙でなくても本が読める時代は、買って、人に貸して、返って来た本を本棚に入れて、時々読み返す。という経験そのものをデザインする。そんな時代に入っているのかもしれません。


最後は、co-lab墨田亀沢のメンバーである、インクデザイン合同会社 代表社員の鈴木潤さん。鈴木さんご自身が、印刷会社のデザイナーとして15年経験してきて、紙に対するこだわりも強くあるからこそ、ここ数年で取り組んで来た具体的な事例についてお話し頂きました。
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紙はそんなに好きじゃない。この世の中から無くなって欲しいものの3つが印刷物・小銭・電話だと思っているが、電話はLINEで代替できるし、小銭はSUICAで代替できるようになった。でも、印刷物の悩みは解決されていない。印刷物をもらって鞄に入れてぐしゃっとなるのが嫌。印刷物は相手のことを考えないと暴力的な存在になってしまう。そう考えている。だからこそ新しい役割を加えていく必要があり、自分なりにいろいろと取り組んでいる。
・世界に1枚しかない名刺
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名刺はco-abに移転した時に、出会いの大切さを1枚1枚絵柄が違うことで伝えられたら。と思い、オフセット印刷機という、同じものを作り続ける機械でそれを実現できたら面白いとのではないかと思って取り組んで来た。
・会社のスピリットを表現するポスター
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スタッフが増えてきて、会社の理念を伝える必要があると思い、「幸せな世の中のために中指をたてろ。」という理念を打ち出した。それを普通のポスターにするのではなく、スクラッチ印刷にして自分たちで削ることで理念を共有した。このポスターを削る行為はギターを弾く事に似ていてPUNKであり、さらにシルバーの中から文字が出てくることは、デザインが本質を明確にすることを表現している。さらに掲示することによる劣化もかっこいいと思っている。
・縁結びのパンフレット
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交流会でパンフレットとか資料をもらうと、もらった方は邪魔なおもいをする。かといって、相手の目の前で折ったら失礼になる。ということで邪魔にならないパンフレットを開発した。このパンフレットがビジネスの縁結びに繋がれば。という思いで、一つずつ手作業でひもを結んでいる。
・自走できる印刷物
Webの場合、クライアントが自分で直したいという要望が強いが、印刷物はそれが出来なかった。毎回小さい直しでもデザイン会社に依頼しなければならない状況に対して、イケてないなと思っていた。
その印刷物はパワーポイントで作ってあり、紙質はこちらで指定している。クライアントは必要に応じて内容を自分で直せ、プリンターで必要枚数を出力できる。さらにその進化系で、ポストカードも作った。お客様に対するお礼状のデザインテンプレートを作り、お客様が文章をカスタマイズできるようにした。パワーポイントなので、誰でも使うことができる。
このようにビジネスとして紙でできる余地はまだまだ残っている。紙2.0とでも呼ぶべき時代が来ているように思う。体験でき、感動することは、紙特有の価値だと思っている。それを生み出すのがクリエイティブの力である。紙を扱えるデザイナーが減っていて危機感を感じているが、新しい紙の未来に向けて、ここにいる皆さんとともに歩んでいきたい。


プレゼンのあとは、懇親会が開催されました。
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今回は、印刷・紙加工に関わる先進的な取り組みをされている製造業の方が数名参加されていたので、このアイディアはどうやったら実現できるか。といった話が会場のあちこちで盛り上がっていました。この熱気に、この場所から新しい紙の価値を世の中に提示していきたい。この人たちとならできるはず。
そう感じた夜でした。
co-lab墨田亀沢 チーフコミュニティファシリテーター 有薗悦克

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